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2018年12月05日
individual consumer

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みなさま、こんにちは。

今年もとうとう12月に入りましたが、関東では穏やかに晴れた日々が続いております。冬の訪れを告げる木枯らし1号が観測されなかったのは39年ぶりとのことです。

さて、本日は弊社代表の石澤にインタビューを致しました。

野村不動産で3年連続売上トップに輝いた売れっ子が、なぜ保険業界に飛び込んだのか。そして石澤の営業の原点とは?

全2話でお届け致します。

 

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株式会社M&Iコンサルティングファーム
代表取締役 石澤政己
1975年青森県生まれ、横浜市在住。青山学院大学理工学部卒業。野村不動産入社。注文住宅部門において営業成績で新人賞を頂くも、2年目10ヵ月契約ゼロのどん底を経験。3年目以降3年連続、契約棟数1位。27歳でプルデンシャル生命保険に入社。10年連続社長杯入賞。MDRT8年連続入会。内COT2回。38歳で、(株)M&Iコンサルティングファーム設立。1社専属での保険営業の限界を感じ、総合代理店を設立。生保、損保、不動産などを活用し、トータルでお客様の資産作り、税金対策の支援を行っている。

 

学生時代に熱中していた事は何ですか?

中学、高校時代はサッカー一筋で過ごしていました。秀でる程の実力はなかったですが、練習は休まずに参加していました。

 

その時に培った事は何でしたか?

仲間意識。みんなでやり遂げる事の満足感や達成感。

それが今の自分自身の考え方の原点になっています。

 

大学時代はどのように過ごしていましたか?

高校でサッカーは辞めて、スキー部に入部しました。私は青森出身なので実はスキーが1番得意なんですよ。

ですが、ご存知の方も多いかと思うのですが、当時アルバイト代わりにパーティーを主催して、その半券を配るというのが流行っていて、自分も男女300人を集めてパーティーを開催していたら、スキー部の監督に見つかり「お前ら何をやっているんだ」ということで部活を退部する事になりました。その会も解散して、私のスポーツ人生はここで終わりです。

そこからは理系で代理出席が出来なかったので、自分で単位を取得する為に忙しく勉強をしていました。

もちろんバイトもしたかったので、短い時間で稼げるガソリンスタンドで働いていました。

 

ガソリンスタンドのアルバイトって稼げるのですか?

当時で時給は750円くらいなんでけど、そこに歩合が入り平均時給6000円、最高時給32000円くらいの給料を頂けたんです。

具体的な取り組みとしては、私を指名してくれるリピーターやファンを増やすこと、陳列を変えたり天気によってお店の雰囲気を変えたり創意工夫を考え抜くこと等を店長に直訴してやりました。

そしたら、お店全体の売上もあがり、最後は就職してくれと頼まれました。(笑い)

どんな仕事も同じでお客様に気持ちよく買って頂く、その為にあらゆる創意工夫をする、この繰り返しなんだよね。

そうして働いているうちに、自分の出世コースは理系ではなくて、文系じゃないか?営業なんじゃないか…?と気付いたんです。

なので理系の就職活動は一切せず、文系しかエントリーしなかったです。

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数ある営業職の中でなぜ野村不動産に就職したのでしょうか?

当時の大卒の給料が1番高かった事と、転勤がないことです。

両親が転勤族で幼少期に寂しい思いをして嫌でしたし、仲間意識があるから、1人でふらっと知らない地域に行きたくないというのが自分の中で大きかったんです。

日産やNTTも内定を頂きましたが、給料と転勤がないという条件が当てはまったのが野村でした。

 

野村時代の仕事内容とは?

一戸建ての営業で、住宅展示場にいらっしゃったお客様にアポイントをお取りして、家を販売するという事をしていました。

 

その時の経験で今でも役立っている事はありますか?

プロフィールにある通り1年目に新人賞を受賞し、2年目にどん底を経験していて、よくある調子に乗って2年目で全然売れなくなるというやつなんだけど、そこで出会った上司に教えて頂いた事が貴重な経験となっています。

今でも心に残っているんだけど「本当にお客様の事を考えているかどうかだけを突き詰めていって、契約をお預かり出来るまで休むな。」と言われたので、売れなかった10ヶ月は1日も休んでいないです。

上司に言われた通り、1年目は勢いだけで本当にお客様の事を考えた提案をしていなかったと思います。

そして「営業は医者であれ」つまり、お客様のご要望のどこが悪いかのヒアリングがお前は足りないと言われました。

当時はこちらの売り込みだけしかしていなかったんですよね。もっとお客様の言葉を聞く事に注力をする。この厳しさと営業マンのスタンスを教えて頂きました。

その上司は今は野村不動産の人事部長で、とっても温和な人なのに厳しい事を言われて育ててもらった事が良い経験になっています。

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不動産の営業という仕事は楽しかったですか?

楽しかったです。楽しかったんだけど、3年間連続でトップを取り、お客様の為にもっと良い提案がしたくて一級建築士の資格を取ったんです。

営業で建築士の資格を取得したのが私が初めてだったので、周りの人から「お前はこの会社で、この給料で働いている器ではない」と言ってもらって、そこで初めて独立を考え始めました。そして、そのタイミングでプルデンシャル生命からお声がかかって、5年半で退職に至りました。

 

なぜ難易度が高いと言われている一級建築士の資格を取得したのにも関わらず、畑違いの保険業界に転職をしたのでしょうか。決めては何だったのでしょう?

まず、野村不動産だと商材が高く規制も多かったので、本当にお客様の為の提案が出来る不動産をしたかったんです。

そしたらプルデンシャル生命の方に、独立や経営者になりたいのであれば、絶対にお金について詳しくないといけないですよ。と言われ、色々な情報を収集して、勉強して、お金について詳しくなったら2~3年で辞めよう。くらいの軽い気持ちで入社をしたんです。

 

大学生の頃から、自然とお客様に喜んで頂く為には?を考え、働いていたというお話に大変驚きました。どんな仕事でも原点は同じと改めて勉強させて頂きました。

次回最終話では、プルデンシャル生命に入社後の働き方や、独立後のお話をお届け致します。みなさま、どうぞお楽しみに!!

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