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2018年10月24日
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【第1話】誰よりもストイックにプロに拘った幼少期ー小山晃弘さん

寒さもしだいにつのり、朝夕はめっきり冷気を覚える時節となってまいりましたが、みなさまお変わりございませんか。

本日は弊社のパワーパートナーでもあります、税理士法人 小山・ミカタパートナーズ代表の小山さんにインタビューをさせて頂きました。
60代が平均年齢とされている税理士業界では異例の平均年齢30代前半で構成されている組織。数々の新しいアイデアで開業以来200社以上の新規顧客を獲得する躍進を遂げております。

そんな小山さんがどのような経験をして育ち、今があるのか。
全3話でお届け致します。

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(左:小山晃弘氏、右:岡本信吾氏)

 

1987年大阪府生まれ。2010年3月同志社大学経済学部卒業。大学在学中に公認会計士試験を受験、合格する。
試験合格後、世界に拠点を有する大手監査法人デロイト・トウシュ・トーマツに就職。
トーマツ大阪事務所に勤務し、主に東証一部上場企業の会計監査や内部統制監査を担当。その他、上場準備会社の監査、会社法監査を担当。主な担当クライアントは、医療系ソフトウェア会社、機会総合商社、建設業、財団法人と多岐にわたり、ビッククライアントになると、世界各国に子会社を有する連結売上2兆円規模の農業機械メーカーの米国基準監査・コンサルティングを経験。
デロイトにて約5年弱勤務後、拠点を東京に移し、税理士法人 小山・ミカタパートナーズを独立開業する。

 

学生時代はどのように過ごされましたか?

私はずっとサッカー少年で、物心がついた7歳からサッカー一筋で過ごしてきました。
その中でも小学生の頃が特徴的で、サッカー日本女子代表の背番号10番で、今は女子トップリーグのアメリカで現役プレーをしている永里選手(2012年ー2016年までの登録名は大儀見)が同チームにいるような結構アグレッシブなチームに所属し、プロを目指そうと思っておりましたが、両親の転勤で奈良に引っ越した事をきっかけに勉学の道に。スポーツか勉強かという、そんな学生時代でした。

 

中学校に入る時にはサッカーは辞められたのですか?

それでいうと小学校まではプロを目指すようなスクールに所属し、中学校からはどちらかというと部活レベルで和気藹々とサッカーをしていて、勉学の道に進みました。

 

なぜ勉学の道を選ばれたのですか?

小学校の頃は神奈川に住んでいたのですが、そのチームだから良かったというのが自分の中にありました。サッカーってチーム戦じゃないですか。それで奈良に移った瞬間にもうそのチームではなくなるわけで、自分の中で極めると考えた時にどちらかというとサッカーよりも勉学だと思い、ストイックに勉強を始めました。

 

どのくらいストイックに勉強をしましたか?

そうですね。私はインドアかアウトドアかでいうと完全にアウトドアで、コツコツ勉強をするタイプではないのです。やる時はやる、やらない時は本当に何もしないのです。そういった感じでストイックさでいうと分かりやすいのが大学受験の時で、私は同志社大学に行ったのですが、普通は大学受験といえば高校3年の春頃から皆予備校に通い赤本を読み出すんですけど、私は高校生の時は美容師になりたかったんです。

 

なぜ美容師ですか?

プロという事で手に職を持ちたいと考え美容師に。当時カリスマが流行っていたんですよ。皆が3年生で赤本を読んでいる時に私はChokiChoki(チョキチョキ)という当時のファッション紙をひたすら読んでいて、当時は異色でした。高校は進学校に通っていたんですけど、小山ってそういう奴だよねって言われていました。だけど、夏くらいに一念発起をして将来を考えた時に大学に行こうと急に変わり、そこから勉強を始めたので単純に半年分まわりの皆とギャップがあいちゃっていたんですよね。そこからは朝7時〜深夜1時まで勉強をする生活を始めました。誰よりも早く予備校に行って、誰よりも遅く帰る。家に帰ってからも闇勉といってお風呂に入る時も、寝る前にも勉強をしていたし、お手洗いにも壁に付箋とか貼ってあって、当時は誰よりも受験の事を考えていたのでオフの時間がなかったかな。そうして当時関西ではナンバー1だった同志社大学にぎりぎり滑り込んだという。そういうのはストイックさが出ていたのかなと思います。

 

それはストイックですね。昔からそういった集中力があったのですか?

そうですね。幼少期のサッカーをしていた頃に人間の基礎力である礼儀礼節や忍耐、努力であったり、努力は大事なんだけど結果が大事とか。そういう色々な事を学べたのが大きかったと思います。ですから未だにサッカーに感謝をしています。

 

 

美容師から急に大学を目指す事になったきっかけは何だったのでしょうか?

実は私は生まれてからこのかた両親に否定をされた事がなかったのです。サッカーをしたいと言ったらサッカーをさせてくれたし、勉強をしたいと言ったら勉強をさせてくれたし。でも両親が初めて美容師だけに反対をしたんですよ。特に父親が。それで何時間も話し合って、当時は物凄くケンカもして、これだけ言うならっていうことで自分の中で切り替えました。

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同志社大学では何を学ばれましたか?

ぎりぎり経済学部という花形ではありますが、マンモス学部に入りました。大学は4年間あるので、1年目はサークル活動をしました。

サッカーサークルで、いわゆる皆何も考えていない世界ですよね。飲み会なのかサッカーなのか分からないような。(笑い)

私はお酒を飲めないのでサッカーだけはしっかりとやって、バイトもしっかりとして。当時はパチンコ屋で働いていました。

 

パチンコ屋は意外ですね。

これは少し語弊があるかもしれませんが、例えば女性はキャバクラとかで働いていたら凄く稼げると言うじゃないですか。男性で稼げるといったらパチンコ屋くらいしかなかったので。

 

2年生からはどう過ごされましたか?

正直に言うと同志社大学は頭の良い子達が集まっているので、大体2年生頃から将来の事を語りだすんです。ただその子達って小中高大とレールに乗っかっているので、思考もレールに乗っかっていて大体大手企業の話しかしない。俺はメガバンクに行くとか、俺は商社に行くとか。

個人的にはサッカープロを目指していた幼少期から、美容師になりたい、手に職を持ちたいという、とにかくプロに拘って頑張って大学まで来た。自分ではそのレールに乗っかる事が凄くしっくりこなくて、そういう世の中を変えるというか、そういう事をするには経営者しかないと思っていた。

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2年生という若さで経営者を意識し始めたのですね。

そうなんです。今だったら大学在学中に企業をする人なんてごまんといますが、当時はそういった思考になれなくて何も出来ないと思ってしまったんです。でも、ここで諦めるような性格ではないので悶々と暮らしていたら、ある時大学の簿記のクラスで公認会計士の先生が来てくれたんです。それが今の私の職業なんですけど、その時に先生が話す事って凄くキラキラしていたんです。年に3〜4回は海外旅行に行きますとか、最初の年収で言うと当時は凄くて600万〜800万いくとか、自分で仕事を選びますとか。あっ、これはプロだなと思ったんです。それから興味を持ち始めて色々調べ始めると、公認会計士の仕事って上場企業の監査をする仕事なんですね。そことかけ算で、個人的にそれって企業をしたい自分にはピッタリだと思ったんです。

 

どの部分がピッタリだと思われたのですか?

上場企業の監査という事は、要はスパイ活動が出来る訳です。完成された仕事の監査を出来る。そこから目指し始めて2年生からはどっぷり勉強ですね。2、3、4年生の記憶が殆どないんですよ。

 

サークル活動はどうされたのですか?

それでいうと、そこからは公認会計士専門のTAC(タック)という予備校に通わないといけないんです。ですからバイトも辞めて、サークルも当然辞めて、当時は恋愛もしていたのですが彼女なんかも一切辞めて、テレビも捨てて、勉強だけが出来る環境に自分でしました。公認会計士はなかなか受からないので5浪、10浪している人がいるんです。当時20歳の自分から見た36歳とかって物凄くおじさんなんです。当時はお金もなかったので、リアルに見た目もおじさんの人にお金がないからルームシェアをしてくれと言って、当時京都の物件で4〜5万だったのですが、それすらも払えないのでなんとか折半にしてもらってという生活を3年間くらいしました。

 

やると決めたらどこまでもやるという事が伝わります。凄くストイックですね。

ストイックの話で言うと、先ほどの高校受験の話よりもこちらの方がストイックですね。年々ストイックになりますね。

 

もともと経営をしたいとの事でしたが、それは公認会計士として経営をしたかったのでしょうか?それともどんなビジネスでも良かったのでしょうか?

それでいうと、どんなビジネスでも良いです。私の場合は公認会計士はステップであり、自分でビジネスをしたい。

公認会計士である方って2万人くらいいらっしゃいますが、私のような思考回路に人って少ないと思う。医師弁護士会計士は国家資格なので資格を取ってゴールという思考の方が多いですが、個人的にそれって武器であり、手段の一つでしかないです。

それに当時大学1、2年生の私には世の中を変えるようなアイデアがなかったので、一度公認会計士を挟もうと思ったんです。

それで実際に様々な上場企業を何十社と監査をして、美容系、IT系、製造系、建築系、全種類を見た中でどんな仕事が良いのかという事を学びましたね。そんな思考で監査をしている人っていないですよね。

 

第1話では小山さんが幼少期にどのように過ごされてきたかにスポットを置いてインタビュー致しました。

突き抜ける方というのは発想や行動力があります。

第2話では、小山・ミカタパートナーズがなぜ開業以来躍進し続けているのか?その秘密に迫ります。次回も是非ご覧くださいませ。

 

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